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撮っ都下なくっちゃ!
23区を除いた東京都=都下(とか)で今日も今日とて写真をパチリ。
小山田ミツバ
2005年08月24日 (水) 00:00 | 編集
小山田ミツバ01
田中倉三さんは十年余りをかけて、当時では画期的な
発想で軟化ミツバの栽培に成功した。とのことで、
私はミツバと聞いても、春の七草にも入っていないし、
食材の中でも脇役といった印象でしたが、
目の付け所が大事なのだなぁと思いました。

江戸・東京の農業 小山田ミツバ
 東京府南多摩郡忠生村上小山田(現在の町田市上小山田)の田中倉三は、「冬でも現金収入が得られる作物はないものか」と夢に描いて
いたのが少年の頃の明治30年代でした。この頃の農家は養蚕が唯一の現金収入でした。
 たまたま、平塚(神奈川県)より来た行商人から、ミツバの早出しの話を聞き、これをヒントに田中少年は十年余りをかけて軟化ミツバで、
この夢を実現しました。
 小山田ミツバは、春から秋にかけて畑でミツバの根株をつくり、秋にその根株を掘り取り日光をさえぎった穴の中で栽培します。
 この室は、暖かな南斜面の土手に、面積約6㎡ぐらいの横穴を掘り、ここに根株を伏せ込み、地熱と太陽熱だけで、モヤシ状のミツバを生
産します。
 今日のように室温の中で作るのではなく、当時としては、まさに画期的な発想といえます。小山田での最盛期の栽培面積は、30ヘクタール
を超えました。柔らかく風味が素晴らしいことから、お正月用には欠かせない逸品です。
平成9年度JA東京グループ
農業共同組合法施行五十周年記念事業
町田市農業協同組合

THE AGRICULTURE OF EDO & TOKYO
Oyamada Mitsuba(Honewort)

In the years 1900s,sericulture was an only source of income for the farmers in Tama Highland areas."Isn't there any crop
for money in winter during the off-season of sericulture husbandry?" was a question Kurazo Tanaka,an ardent young man
of Kami-Yamada Town,kept asking himself since his boyhood.After ten years of strenuous studies,he finally developed a unique
early forcing of honewort which produced the popular Oyamada Mitsuba.
Mitsuba was grown in the field from spring to fall and,then,the stubs were dug up,laid into beds within the shallow caves
which were excavated on the sunny side of the banks and forced away from the sunlight.This was a drastic new idea for those
days when the greenhouse of today was not available.The superb Oyamada Mitsuba is tender,flavory and indispensable to the
menu for the New Year.

以上、案内板より。

05年8月17日
東京都町田市上小山田町 にて

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使用カメラ:PENTAX Optio S50
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小山田緑地入り口
2005年08月18日 (木) 00:00 | 編集
小山田緑地入り口01
多摩よこやまの道全体図があった所から
南方向は「小山田緑地」になります。

小山田緑地入り口02
案内図を見ると、ここは山中分園の入口のようです。
本園目指して南下してみましょう。

05年8月9日
東京都町田市上小山田町 にて

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