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撮っ都下なくっちゃ!
23区を除いた東京都=都下(とか)で今日も今日とて写真をパチリ。
箭幹八幡宮由緒
2005年09月25日 (日) 00:00 | 編集
箭幹八幡宮由緒01
歴史の勉強で「前九年の役」を文字で覚えてもピンときませんが、
頼義・義家父子の伝説が残る地を自分で歩くと、印象がガラっと
変わりますね。
また、「矢部」という地名はここから来ているのですね。


康平五年 源義家阿部氏を討ち奥州より帰る途中、木曽
に宿り、病にかかって毎夜悪鬼に責められる夢に見た。当
社に祈願せしめられたところ、夢に神翁現れ、悪鬼を射倒
すと見て病忽ち快癒した。ここに於て本宮末社に至るまで
尽く再興して神思に報いたと言い、この時屋根に羽矢を挿し
入し、又境内に矢竹繁茂せるを以って箭幹八幡宮と名づけ
この地を矢部と称したと伝う。(下略)

以上、案内板より。

05年9月14日
東京都町田市矢部町 にて



===箭幹(矢部)八幡宮===

箭幹八幡宮随身門

矢部八幡宮獅子舞

===源頼義・義家の奥州征討伝説(前九年の役)===

百草八幡神社

奥州廃道(長坂道)

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矢部八幡宮獅子舞
2005年09月11日 (日) 00:00 | 編集
矢部八幡宮獅子舞01
昨日(09/11)の箭幹八幡宮は、矢部八幡宮ともいうようです。

私の知識では、獅子舞に噛まれると無病息災というのが
一般的だと思っていますが、それよりもこちらの獅子舞の
五色の御幣の方が私はいいなぁと思いました。

町田市指定無形民族文化財
指定年月日、一九六三年(昭和三八年)十月二十二日
矢部八幡宮獅子舞(やべはちまんぐうししまい)

 矢部八幡宮の獅子舞は、一説には元亀・天正のころ
(一五七〇年代の戦国乱世のころ)から始められたと
いわれる。獅子舞を関東に流布したのは小田原の北条
氏であるといわれるので、あるいはかなり古い伝統
の流れをひくものかもしれない。
 この獅子舞は、木曽や矢部の例祭や奥宮開扉の大祭
などにおこなわれる。舞は「道行」と「御庭舞」とに
わかれており、特徴
は獅子宿から社前に
むかうときの「道行」
と木曽町を御輿巡幸
のとき先導する役目
をすることである。
また、獅子舞をする
ものの腰にさした五
色の御幣をもらった
人は、その年は無病
息災で家内安全であ
るといわれている。

 町田市教育委員会

以上、案内板より。

05年9月8日
東京都町田市矢部町 にて

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